カエルだって、とぶ



カテゴリ:なぞです( 10 )


花柄の服を着る

 今年は小花柄のいカットソーやスカートが流行りで、女の子がよく着ているのを見るのだけれど。
花柄をアースカラーと会わせると女の子らしいとのこと。
確かに色鮮やかな花を生地に使ったものは女性服が多いし、紀元前の彫刻でも花を身につける女性の図像は多くある。
 でも、例えば聖人を賛嘆する場面では男性が花を捧げ持っているし、花自体には女性的という意味は無いようで、つまりは、花を身につけるということで女性らしさと繋がるらしい。
ちなみに、日本人はピンク色を女性向けな色と感じることが多いようだけれど、世界的に見ればそんなことは全然ないので、色みは関係ないことが解る。
ただ、ポリネシアや、結婚式などでは性別関係なく花を身につけられる。そのことを考えると、温暖な気候で花がたくさんあれば性別は関係なく、花が貴重な『美』であることが女性らしさと関係あるのかもしれない。

 私自身はあでやかな花よりも、稲や山野草の花が好きだ。形が静かだから。
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by griffonneur | 2010-12-16 02:51 | なぞです

So what?

 ある現役の研究者の話を聞いた時、その人は憤慨しながら「‘So what?’といいたくなる研究の最終目標とは何だ」と言っていた。
 つまり、一つのテーマを突き詰めて研究する。それは当たり前なのだけど、普通ならそのいくつかを網羅的にして自分の構想を点と点で形作っていくもの。どんどん星を加えて星座を作るみたいなものかもしれない。
だから普通ならその研究に触れた時、いくつもの他の問題との接点が生まれて放射状に、もしくはネットワーク状に複数のテーマと関連づけられていく。
でも‘So what?’だと、話はそこで終わって、周りの点と結びつけられない、紋切型の「話」になってしまうとことらしい。
そういう本の内容とか、そういった話をする人は、何が目的なのかを知りたい。
だって話が広がらない、「そんで?」で終わる。
会話だと、みんなで流行ものについて話していたら、突如、自分のマイブームについて語り出されたようなところだろうか。
「そんで?」続くの?落ちは??今この空間を占めている共通の心象にどう影響させようとしている???そんで、たいていの場合は「え?それだけだけど?」
こんなふうに、せっかくその場の人間がお互いの糸をつなぎ始めたのを、ハサミで切り離すような作業をする。
本人は終わってるつもりで満足だけど、それ以外の人にとって終わっていない話は落ち着かない。話って、終わらないとダメなものだったのかと思い知る。
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by griffonneur | 2010-10-18 02:24 | なぞです

はなざわり

 肌触り、手触り、舌触り、これらは身体の部分と『触』で出来ていて、たいてい『〜がいい』と続くのだけれど、接触するわけでない器官の目と耳は「耳障り」「目障り」で、意味が違う。
鼻ざわりは全然ない。
鼻は、目や耳に近い引き込み型(?)の感覚器官だから「鼻触り」は在ってもおかしくないのだけれど。
 鼻の粘膜が弱い私は、デパート一階の化粧品売り場を通過するとき、くしゃみが止まらない。
香水って、鼻障り。
臭いとかそこからくるイメージが悪いと言ったわけではなく、
鼻が痛い!となるので、肌触りが悪いに通じるのかもしれない。
お香は平気なのに不思議。
水と煙の違いだろうか。

そういえば、蘭と百合のにおいも苦手だった。
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by griffonneur | 2010-05-17 01:19 | なぞです

詰め放題

 大きな鉱物屋さんの前で「天然石詰め放題」をやっていた。
写真の石は瑪瑙のルース(裸石)。
ルースというのは鉱脈から石を掘り出して、砕断して、研磨したものです。
ある程度加工はされてるので、自然の荒々しさはありませんが、いろいろな使い道があるようです。
 詰め放題と聞くとなんだかお得な気分になりますが、私は怖くて詰め放題したことがありません。
また、中身が見えない福袋的なものや、色などを選べないプレゼントも苦手です。
なぜかというと、この商品に、これだけのお金を出したという実感がわかないからで、本当に一番欲しいものを自分が把握できる量で取得したいのです。
確かにこの金額でビニールいっぱいの瑪瑙を手に入れることはなかなかお得ですが、その瑪瑙が余ったときに「一時保管」することが苦手なのです。
 腐らせたり、紛失したり、存在を忘れたりすることが、一番損だと感じているからかも。
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by griffonneur | 2010-04-12 00:40 | なぞです

指輪って

 母から「これデザインが古くなったから」と言って、お下がりの指輪をもらった。
でも私は絵を描いたり本を漁ったりするので指輪はすごく邪魔で、まず、つけない。
そもそもこんなところにはめるのはおかしいじゃないか。と思ってそれをおっぱじめたのは誰かと調べてみた。フーム、現存する最古の指輪は紀元前2000年頃、エジプトのものらしい。用途は正確ではないが認証印のような扱いらしい。古代ローマでは身分証のような役割だったようだ。その後は認印のような扱いが主で、後々「認証」→「誓約」という形式になったように思われる。
 ということは、もっと古いものも在ったわけで、その用途がなんだったかも不明なわけで。
そう考えると、ますます指輪怖い、とおののくわけです。
ナックル的な使い方もありかなと、最近のデコラティヴリングを見て考えてはいます。
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by griffonneur | 2010-01-25 00:52 | なぞです

羽根ボウキ

 気がついたら、デッサン用だった羽根ボウキが、ノート用になっていた。
羽根ボウキとは、絵画制作途中で画面についた、ホコリや消しゴムかすを払い落とす為のもので、画面がこすれないように柔らかく、適度にしなる素材でできている。
人間が手で払い落とすと、手の脂や、汗がついて一緒にせっかく描いた画面が汚れてしまったりして、修復不可能になるからだ。
よく見ると、この異動させられた羽根ボウキは羽根が隙間だらけではげ落ちてしまっている。持ち柄のところもガタガタだ。
 でも、別に日常でふらふらデッサンをするときに使っていても、それほど問題はないように思えた。
いつの間にか、自分でも気づかぬうちに、使用する時を変えていた。
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by griffonneur | 2010-01-07 00:41 | なぞです

スライムクリーナー

くじ引きで当たったので使っている。
ムッチャムッチャしている。
とても、たのしい。
生き物のスライムは増殖するのに、こいつは一定量のホコリを吸着すると捨てられてしまう。
かわいそうだけど楽しいんじゃ!
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by griffonneur | 2009-12-26 01:15 | なぞです

ながら、飲む

 私は、立ったまま飲食したり、歩きながら飲食することができない。
特に、机がないところでは飲食することができない。
小さい頃に母がそう躾けたのかもしれないが、食事中に摂取行動とのふたつの動作を平行してできないのだ。
こういう人は多いのだろうか?
それとも少ないのだろうか?
 昨今はコーヒーチェーン店の影響か、多くシアトルカフェスタイルを見る。
つまり、テイクアウトに重点を置いているカフェだ。
そういったカフェやコンビニエンスストアーのある付近ではよく、立ったままや歩いたまま飲食をしている人を見かける。
正直、すごい技術だと思う。
私だったら一歩踏み込んだ瞬間に、コーヒーが鼻の方へ行く。
 そもそもどうやってその動作ができているのか、仕組みが解らない。
踏み込んだ瞬間に、息を吸い、同時に口の中にコーヒーを含み、足裏を離し次の一歩で飲み込み、息継ぎをするのか。
水泳の選手だった私が解らないなんて、どんな高等技術だろう。
では、直立したままではどうか。
試してみたが、飲み込むタイミングが計れない。口の中に一度含んでから、飲み下さなくてはならないようだ。
スタンダードなスタイルとしては、(私個人の提案だが)腰に手を当てたり、腹筋に力を入れないとダメなようだ。足裏の指の付け根の当たりにも力が入る。
つまり、骨盤と足裏が安定していないと私は飲食ができない。なんということだ、これではサバイバルを生き残れないではないか。
 こんな有様なので、夜行列車や新幹線の、かろうじて全面に物置トレーがついている車両は飲食場所としてギリギリセーフなのだ。
本当に、誰か教えてほしいくらいだ。どうやったら歩きながら飲食することができるのだろうか。
そう考えてみると、長距離走の選手の水分補給はもう、神業に等しい。
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by griffonneur | 2009-12-18 00:13 | なぞです

芸術家の文

 個人的な経験に基づく判断だが、芸術家という人間は文章があまりうまくはないと思う。
描く側から言ってしまえば、「そこに結論としての作品が在るではないか」と答えるのが妥当かもしれない。
しかし世の中、理屈っぽい人間も半数近くはいるわけであるから、なぜその題材をここに託したのか、その発端と経緯を論理的に説明してほしいと思う者もいるわけだ。結論だけ見せられて納得することができないこともある。
そういった人達を納得させるためにあるのが『画論』といわれる製作者による文章だ。文章といっても、論文などではなくて、もう日記でも随筆でもいいのだが、それで作品を制作した頃の心理状態や環境が解るのだ。もちろん、友人との書簡などでは情報量が少なすぎるし、主観的な文章が大多数を占めるので好ましくはない。理性的に、論理的に説明を求められる場合は客観的な視野が必要とされるのが難点ではある。
 ところが、これが残っている人物は本当に少ない。
もっとも残っていたとしても、ほとんどが散文詩かというような内容で、ワー。と思ってしまう。もちろん、しっかりした文章の人物もいるが私は十人も知らない。なぜだろう。やはり物理的に作品を創作してしまうので、そこにわざわざ題材の解義をするような文章を残すことがないというのだろうか。
そして、あるとき私はとんでもないモノを見た。
とある芸術学分野の学生達の文(?)だ。
 “…”(三点リーダ)が、たくさんある。
 半分真っ白で、句読点がない。
 主語がどこにもない、目的語で始まり形容詞で文末がぼやかされている。
これが作品と結びつけられるのだろうか?と、まず熟慮し、そして刹那、不可能と判断した。だって主語がないんだもん。
まだ文章力がないのかな、いやでも大学生以上ならもっと書けないといけないのでは、いろいろ考えてしまった。多分、自身の作品がその学生にとってはすべての情報を詰め込んだモノなんだろう。だから作品に詰め込みすぎて、文章は空っぽになっているのだろう。そうであれと願いたい。
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by griffonneur | 2009-12-02 19:52 | なぞです

猫舌である

 いわゆる「猫舌」なんです。
今日だって、紅茶にミルクをどばっと入れてやった。ヽ(`Д´)ノ
本当はストレートが何でも好きなのですが、これは切ない、紅茶風味のミルクって物悲しい。
猫舌は体質で、病気じゃないから医学的研究も進んでいないらしい。治療するものではないのですから。(´・ω・`)
でも問題は深刻だ。
ようは口腔内の粘膜が弱いわけだから、熱いというだけではなく、酸性のものや刺激物にもダメージを受ける。(ダメージ:口の中とか舌の皮がはがれるんですよ)
 私はむき立てパイナップルが食べたい。100%グレープフルーツジュースが飲みたい。アッツアツの小龍包とかチゲ鍋とかラーメンを食べてみたい。
慣れとか根性で改善するものでもないようだ。ひたすら、小分けにして水を口に含みながら飲食するしかない。
 今日も「レンゲにミニラーメン作るな」、怒られます。
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by griffonneur | 2009-11-17 20:17 | なぞです


芸術と整頓と、歪曲を好む絵描きこと座敷童のブログ
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