カエルだって、とぶ



国外の報道写真

 ここ数週間、震災の特集が続いていたので、久しぶりに外国の報道と日本の報道の写真を見比べていた。
 国内誌の写真は、総てを読者に委ねる形のイメージ写真と行った感じだが、受取手がその視覚イメージの中からいくつかのキーポイントを提示してあって、それらを選択することを予測してとられている構図が多かった。
国外のものは、本当にその空間が現し続ける流動的な時間の断面を切り落として晒す、といった感じだった。
 適切かは解らないが、国内の報道写真は、お歳暮のハムで、国外の報道写真は生肉の切りっ放し、と言った風合いだと感じた。

 絵画と写真の違いは以前も軽く触れたが、こういったところにも現れる。(よく勘違いされるのだが、絵画のプロであれば写実的に、写真のように対象を描ける事は至極当然の技術なので、写真機の普及以降の近代において、その先の表現方法で絵画と写真は大きく異なってくる)
ただ、報道写真にどこまで芸術性が問われるかは難しいところだと思うし、むしろ倫理観の方が問われる事が多いと思う。
なので、一回の受け手としておもうのは、過剰包装はいらないですし、私たちそんなに鈍感ではないのでやたらとお膳立てしなくても解ります。と言ったところ。
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by griffonneur | 2011-03-29 06:50 | 平日
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芸術と整頓と、歪曲を好む絵描きこと座敷童のブログ
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